学校の七不思議

「学園には七不思議は必要不可欠。君もそう思わないか?」
「レイ誰に言ってるのー?」
「ザイン君は相変わらずお話するときはお喋りになりますわねえ」
「むぅ」
 夜。夕飯が終わり、教師生徒共に次の日の準備を行っている頃。リリア、レイ、リンはこっそりと寮を抜け出し、とある教室に集合していた。
 リリアはレイの話を聞くのが好きである。そして2人きりにさせないと考えたリンが付いてきている。本来は許可なく門限後に寮から抜け出す事は校則違反なのでバレないように教室の電灯を点けず、懐中電灯を3人の中心に置いている。
「コホン。じゃあリリア、アゲート。この学園の七不思議って知ってるか?」
「うーん知らないの」
「……新聞部が最近調べてるって奴かしら? 興味ないから少ししか知りませんけど」
 レイの問いかけに対し、2人はそれぞれ反応を返す。
「そうだな。最近噂として広がっているものだな」
「じゃあ話するだけなら別に放課後でもいいんじゃないかしら?」
「うむそうなんだが。まあ雰囲気を出してやろうと思ってな。ホラーといえば夏だ」
「今は春だよ?」
 レイはリリアの言葉に一瞬黙り込む。しかしすぐに咳ばらいをし何事もなかったかのように話し始める。
「学園の七不思議。それは人間しかいない筈のこの学園に潜む人外たちの伝承だ。まあ新聞部が原因で色々噂に尾ひれがついてしまったが」
「人外!? 怖い人がこの学園のどこかにいるって事なの?」
「まあそんな感じだ」
 トラウィス学園には変な耳が生えてたり妙な姿をした人はいない筈だからな、とレイはボソリと呟く。リンはふーんと目をそらし、話を聞く。

「リリア、授業でどれくらい魔物について学んだ?」
「うーん吸血鬼とか獣人とかみたいなの?」
 リリアは授業の事を思い出そうとしたが殆ど寝ていたため覚えている単語を出していく。リンはニッコリと笑い助け舟を出す。
「そうね。あとは天界、魔界の者みたいな感じのもいるわ」
「ん、それ位頭に入っていたらいいや。会ったことあるか?」
「ウチ? うーん無いや」
「アゲートは?」
「会ったことないって言ったら嘘になるわねえ。確かその魔物たちがこの学園にいるって話でしたっけ」
「……まあそうだな。だからリリアのためにも色々話をしよう」
 レイは持ってきていた手帳を取り出し七不思議について話し始める。

――この話は本当か分からない。出所が新聞部だからな。本当だとしても相当脚色されているだろう。
 この学園では、夜に不可思議な現象が起こり、そしてそれは全て異種族たちの手によって起こされている。もしかしたらあなた達の隣にいる友達、知り合い、先生が人間じゃないかもしれない。
 1つ。堕天を勧める元天使。羽が黒く染まった少女が宵闇に包まれた校舎に出没するらしい。 その少女は自分のように堕ちて欲しいと囁いてくる。そうすれば全て望むがままのものが手に入ると。一度彼女の手を握ってしまうと最期。光のある場所へ戻ってこれない。
 2つ目。恋の天使。夜、窓を開け空に好きな人を思い浮かべながら願うと天使が降り立つらしい。 その天使は小さなぬいぐるみを渡し去っていく。そのぬいぐるみを常に持っているとその恋は成就する。
 3つ目。狂気の死神。その死神は自らの背よりも高い鎌を持っている。 その鎌は日頃の行いが悪い生徒の元に出現し、命を刈り取っていく。
 4つ目。残虐な吸血鬼。その吸血鬼は美しき者を無意識下で操らせ、自分の元に誘い出す。そして貪るように血を飲み、残りカスは捨てる。
 5つ目。頭を探す男。管理棟の近くでは時々声が聞こえてくる。右、もう少し右、左と。 しかし好奇心で見に行ってはいけない。暗くて見えないが、首のない男が手探りで頭部を探している。頭部のような黒い丸い物体から方角を示す声が聞こえてくるのだ。
 6つ目。狼の鳴き声。この学園ではペットを飼う事が禁止されている。しかし満月の夜、狼の吠える声が聞こえるのだ。狼は学園の周りに広がる森の中にもいない筈なのに。学園内を走り回る獣の足音を聞いた生徒も少なくないという――

 レイはそこまで話すとふぅと一息吐く。
「ねーねー。本当にいるのかな?」
「……さあな。まあ何かいてもおかしくはないが」
「でもまああんまり私たちにとっては現実って感じがしないわよね。事実ならそれはただの事件じゃない。死人出てるわ」
「そんなあなたに全く無害な7つ目の奴だ。この学園にある旧校舎ではなんと幽霊がいるらしいぞ」
「ゆ、ゆゆゆゆ幽霊!?」
「そうだ。自分の事を妖怪だと言いながら現れる。それがな……」
「そ、それが?」
「何よザイン君。勿体ぶらずに言ってよ」
 レイはニッコリと笑い、指をさす。
「……この教室」
「ええええ!?」
 リリアは叫ぶ。周りを見渡し慌てふためく。その反応にレイはふふふと笑う。
しかしそのレイの表情も変わる。リンがリリアの見えない場所で普段開くことのない細い目が見開きレイをギロリと睨み付けている。
「は、ははは……旧校舎ってだけでこことは限らないんダー。本当ダゾー」
「え、そうなの? よかったー」
 リリアはレイの言葉を聞くなり安心するように胸を撫でおろすように息を吐いた。
「…………です」
「本当にザイン君は大げさなのよ。程ほどにしてほしいわ」
「もー本当にねー」
「ご、ごめんって」
 リンの嫌味を受け少ししょんぼりと目線を落とす。
「ち…………です……」
「それにさっきからリリは何を言っているの?」
「え? ウチ何も言ってないよ? レイの声が小さいだけだよ」
「……俺がいつ高い声を出すようになったんだよアゲート、驚かすつもりか?」
「だーかーらー……」
 3人は首を傾げ振り向く。するとそこには背景が見える程度に透ける少女が1人。
 銀色のボサボサの長い髪に黒色の濁った目。くすんだ色をしたワンピースを身に纏い、足元は途中で靄のようなもので見えない。足が無い、3人はそんな印象を受ける。しばらく3人と半透明な少女が向き合い対峙する。
 そして沈黙を打ち破ったのは銀髪の少女の方だった。
「わーたーしーはー」
「だ、だだだだ……」
「よーかい、です―――!!!!」
「にゃあああああああああ!?!?!?!?」
 半透明の少女は両手を振り上げ威嚇のポーズ。それに対しリリアは腰を抜かし後ろに倒れ込んでしまう。
 リンは必死にリリアを落ち着かせようとする。だが、
「り、リリ落ち着いて!!」
「レイー!!!!」
 リリアはレイにしがみ付く。というよりかは抱き付いた形になっている。
「……っ!?」
 抱き付かれたことに対しレイは瞬時に顔を赤くする。今にも顔から火が出そうだ。
そのままバタリと倒れてしまう。
「ザインくん!?」
 普段であればリリアに抱き付かれるとか羨ましい、とっとと離れろ、と言いたい所。だがそのようなことを言っている場合ではない。
「えっと、うーんと、妖怪さん? 失礼します!」
 リンカはひきつった笑いを見せ、持ち前の怪力で気を失った2人を容易に抱え上げ、窓から飛び出した。

「あ、行ってしまったです……」
 半透明の少女は3人が出て行った窓を見つめる。
「『ウチ』、行ってしまったです。寂しい」
 半透明な少女はため息をついている。次の瞬間旧校舎内の教室に一瞬だが風が吹きまわり、直後少女の姿は消えていた。

「で、言う事は?」
 深夜。リンは人に見つからないようにと考え、人通りの少ない道で寮に戻ろうとしていた。
 だが、叫び声を聞きつけたフウガにあっさりと捕まってしまったのだ。
「(おかしい……急に風が吹いたと思ったら前に進めなくなっていつの間にか目の前にいたザイン先生に捕まってた。というかザイン先生は街郊外に住んでるのに何で一番早く来てバレたの?)ごめんなさい」
「……兄s……いや先生ごめんなさい」
「ほんとーなの! ホントにゆーれーいたの!! センセ信じてよー!!」
 謝るレイとリンに対しリリアはさっき見たものについて身振り手振りで説明しようとしている。
「はぁ? 幽霊とか何言ってるんだ。いるわけないだろう」
 フウガはあきれたようなため息をつく。しかし口撃は終わらない。
「しかもリリアだけならまだしもレイ、それにアゲートまで立ち入り禁止の旧校舎に門限すぎた時間に忍び込むという校則違反をするなんて何を考えてるんだ。
リリア、お前宿題はどうした? どうせやってないんだろ。ただでさえ今の地点で追試の危機なのに何してんだ。
レイ、お前と言うやつは。馬鹿に影響されるとは情けない。大人しくしてろ。
アゲート、今回の事はお前の担当教師であるリクに言っておく。というかもうすぐ迎えに来る。俺がお前に説教しても無駄だからなリクにこってり怒られるといい」
「ううっ……覚えときなさい……」
「何か言ったかアゲート」
「イイエ」
 リンはそっぽを向き黙り込む。
「さて明日以降を楽しみにしておけ。分かったな?」
「はい」3人の声が重なった。

 次の日、3人は授業時以外の外出、自由行動が禁止され、大量の課題が渡されることになる。
 それはまた別の話であった。


最終加筆修正:2021/09/24