弟子

「むぅ、今日はいいのを考えたけど難しいの……」
 入学式が終わり、新聞部の取材を受け新聞に載った数日後。リリアはいつも通り校舎の隅っこでイタズラの仕込みを行っていた。今回は校庭中央広場に一斉に飛び出し、跳ね回るぬいぐるみを出現させるというもの。 飛び回るという事で可愛らしい兎のぬいぐるみを街の店でいくつか購入し、それを射出する為に魔法の壺に押し込める。試しに先程からぬいぐるみを打ち上げているのだが。
「この魔力量じゃダメなのかなあ」
 打ち飛ばすまでは簡単だったのだが、思ったようにぴょんぴょんと跳ね回らない。リリアは打ち上げる魔法が得意だ。しかしそれ以外の魔法はあまり使えない。 魔力を込めれば使えるのだが、その調整が難しい。込めすぎると変なところに飛んでいき回収不可能に。少ないとすぐに落ちる。
「やっぱり1人でやるには限界かもしれないの……」
 ボソボソと呟く。友人はレイやリンがいる。しかし2人まで教師陣に怒られる常連になってほしくない。だから今のように仕込みを行い、実行するときは適当に彼女らの追及を撒いて1人で行っているのだ。 更に2人は魔法を使うことができないと言っていた。よって相当重い物を運ぶ時以外は頼ることができない。
 どうしようか云々と悩んでいる時だった。
「あの!!!!」
 背後から当然声をかけられた。リリアはびっくりし、振り向く。そこには3人の少年少女が少し恥ずかしそうにリリアに笑いかけている。 ブレザーを着ているリリアと違い、3人はセーラー服や学ランを身に纏っているため初等部か中等部の人間なのだろう。 その内の1人の少女がふんわりとウェーブのかかった紫色の髪を揺らし照れ笑いを見せながらリリアに声を発する。
「私たちをイタズラの弟子にしてください!!」

「にゃ? も、もう一度言ってほしいの」
 当然の言葉にリリアは困惑してしまっていた。3人は再び声を合わせ弟子にしてくださいと大きな声で言うのであった。
 彼らの話を整理する事にする。3人は先日あった入学式のときに噴水広場でリリアを見た。それを見て弟子を志願しに来たのだという。
「俺はベルント!」
「クリストフ」
「アガーテです!」
 そう名乗った3人はリリアが仕掛けている壺を見る。何をしているのか、と3人は目を輝かせながら尋ねる。
「うーん、今日の分の仕込み」
 壺の中身が見えるように3人に見せる。ベルントとアガーテは壺に近づき笑顔で見つめている。クリストフはしばらく壺を確認した後、リリアに問いかける。
「魔力を詰め込んでいる壺ですよね? 打ち出して飛び回る方式でしょうか。凄く面白いです。でも安定してません。それをどうするか悩んでいた、という感じですか?」
「はへ!?」
「もうクリスティったらいきなり質問攻めしたらししょーが戸惑うでしょ!」
「し、ししょ!?」
「そうだそうだ! 頭いいのは別に構わねーけど年そーおーにしねえとパパに怒られるぞ!」
「な、何を言ってるのー?」
 唐突に自分の悩んでいたことを言い当てられ、更に了承していないはずだが師匠と呼ばれリリアは困惑する。しかしベルントとアガーテはリリアの困惑も気にしないままクリストフを押しのけ『手伝います』と同時に言った。
「で、でもセンセに怒られ……」
「先生を畏れてたら何もできないです!」
「そう! 俺のモテモテ計画のために!」
「このボクの知恵を試せるのはこれが一番」
「ししょー!」「師匠!」「お師匠様」3人の声が重なり合う。リリアはこの状況をどうすればいいのか分からないでいた。

「いやーやっぱクリスティーはすげーよな!」
「うんうん! ししょーの悩みを一発解決! あとは仕掛けるだけ!」
「自分を試せるのでお師匠様は気にしないでください」
 結局付いてきてしまった、リリアは心の中で呟いた。だがイタズラを手伝う人がいらない、というわけではない。おかげで予想だがぬいぐるみが跳ね回る事に成功しそうだ。 クリストフの発案とその魔法はリリアでも驚いている。アガーテによるぬいぐるみの詰め方も手助けになっている。ベルントは周りですげーと驚いていただけだったが。
 教師が噴水広場周辺にいないか周りを見回しながら壺を設置する。あとは人が沢山来るのを待つだけだ。
「あ! 来ましたよ、ししょー!」
「よっしゃ来い来い!」
「ドキドキする」
 草陰で4人は仕掛けた場所を見つめ待ち構える。あっさり見つかってしまったら意味がないため、足元しか見えないが。
 隠れてから数刻後。少し仕込みに苦戦をしたからだろう。いつもより遅くなってしまったためなかなか人が来なかったのだ。ようやく足音が聞こえてくる。 リリアは3人の興奮を抑えながら慎重に草陰から目を凝らしてみると靴の大きさから男性だろうと判断する。風貌の確認をしたいが見つかってしまったら今までの努力が水の泡になる。 だがその靴はどこかで見たことがあるような。リリアは嫌な予感がよぎる。しかしそんなことを気にしていたらイタズラを続けることができない。大人しく笑みを浮かべ噴水前を通っていくのを待つ。 リリアはこの人がイタズラに遭遇する瞬間が大好きだった。
「うわ!?」
 男の声と壺からぬいぐるみが飛び出す陽気な音が響き渡る。大成功だ。リリア達4人は喜びの声を上げながら草陰から顔を出す。
 しかし直後そのガッツポーズを振り上げその後ハイタッチしようとした手は止まる。
「あ」「やば」「うわあ」「ひっ」4人はそれぞれ狼狽える素振りを見せる。
「…………」
 目の前にいるのは飛び回るぬいぐるみを中心に4人の方を見て満面の笑みを見せる教師フウガだったのだ。いや口元は歪めているが目は笑っていない。一瞬噴水広場が静まり返る。
「おい」
 最初に口を開いたのはフウガ。そして直後4人の少年少女たちの叫び声も重なり合う。
「リリア・サリス!! またお前かあああ!!!!」
『ごめんなさーい!!!!』
 いつもの逃走劇の始まりだった。学園内を走る少年少女4人と教師の鬼ごっこは数十分続いた。

「えへへ。怒られちゃったね」
「いい所まで行ったんだけどなあ。クリスがあっさり捕まるからよ」
「ごめん。走るのが苦手で」
 アガーテとベルントとクリストフは化学研究室から出て行った後、帰路についていた。リリアの必死の説得で3人だけ解放してもらったのだ。3人は勿論一緒に怒られるために反対したのだがフウガによって追い出されてしまった。 「諦めませんよししょー!」 代表者アガーテが研究室の扉の前で叫ぶ。
「でも楽しかった」
「おう! 俺もそう思うよ。勇気を持って言ってみるのは正解だったな!」
 3人は愉快でたまらなかったのだろう。ニッと歯を見せ笑いあう。いつの間にか古びた校舎に足を踏み入れていた。扉を叩き、階段を駆け下りる。
「ただいま!」
 3人は部屋の主に抱き付いた。


最終加筆修正:8/18