過去:探偵と七不思議

 コイツは悪いやつではないのだがまだ会わせるわけにはいかない。誰だってそう思うはずさ――

「あー暇! 暇! 暇よー!」
 今日もある教室で少女の声が木霊する。教室のドアに貼られた紙には新聞部。剥がれかけた部員募集が哀愁を誘う。
 その扉を開けた先にいるのはただ1人。桃色の髪の少女は机に突っ伏し手をバタバタと動かしていた。
『うるへーぞ』
 その傍らにある小さな板から音声が聞こえてくる。それに対し彼女は口を尖らせた。
「もーアリス先生! この暇さ加減はゆゆしき事態よ。新聞部ポストには1つも投書が入らないし……いつまで経っても新聞作れないわ!」
『自分の足で稼ぐのが新聞記者というものだ』
「めんどくさーい」
 少女は足をバタバタ動かし駄々をこねている。彼女はただ1人の新聞部の部長、サナエ・キリュウ。中等部一の問題児と言われていた。
『フウガに頼まれたから仕方ねえと思ってたんだが何で俺がこんな奴の相手しないといけないのやら……』
 端末からため息が聞こえてくる。声の主アリスはサナエの担当教師であるフウガに任された新聞部の顧問という立ち位置であり、一切外に出なくてもいいならという条件で軽く引き受けていた。
「こんな奴って失礼ね!」
『アホ生徒のお前なんてこんな奴で充分だよ。第一部員アンタしかいないんだぞ、そのクソみたいな性格のせいでな。それに付き合ってやってんだから崇めてほしいくらいだが?』
「はぁー? 付いて来られない方が問題あるのよ。まあそれ以前にセンセ以外と仲良くしたくもないし?」
 サナエは中等部の学生にしてはスタイルが良く、黙っていれば美人だという評判だ。しかし口を開くとワガママで性根が腐ったような性格で、近づく人間……とくに男に対しては敵意を剥き出し素性を調査し下心から触れられたくない暗部までも暴き追い出していく。女子生徒からの人気もそれなりに高く入部希望者も少なくなかったが、あくまでも自分目的だという人間をすべて断っていたら誰もいなくなってしまった。
 少女は自分の担当教師のフウガ以外信用していなかった。彼こそが自分を救った王子様だと憧れの感情をも抱いている。
『じゃあフウガの所に行ってみたらいいじゃないか。どうせアイツも暇だろうし何か考えてくれるだろ』
「それよ! じゃあ化学準備室行ってくる!」
 少女は机を蹴りながら立ち上がり、走り出す。
『おいタブレット壊れたらどうするんだよ弁償させるぞテメー!』
 アリスの言葉は届かず部室のドアはピシャリと閉められた。

「というわけで何か暇つぶし頂戴」
「お前……頭悪いのか?」
 サナエの担当教師であるフウガは少女の要求にため息をついた。
「むーじゃあそろそろ私が事件を起こして解決して記事にしてやるー」
「……ノックスの十戒って知っているか? 名探偵」
「アレは推理小説のルールでしょ? 私は元々超常現象みたいなもんなんだから今更なの」
 彼に渡されたコーヒーを啜りながら少女は口を尖らせた。
 普段、新聞部の活動以外の行動として自ら名探偵と名乗り学内の軽い事件や悩み事を解決していた。まあ大体は迷惑行為として受け取られているのだが。それに加え、何度かあまりにも新聞に書くことが無さすぎて自分で事件を起こそうかと企んだこともあったが、全部目の前の教師によって事前に防がれている。
「というかサナエ、前から思っていたが探偵と新聞記者というのは相性が悪い。新聞記者もできる助手を作りなさい助手。そうすればなんかいい感じな事になるだろ。会話相手もできる」
「ガキしかいないし私の隣で助手が出来そうな楽しそうな奴なんていないんだもん。……あ! じゃあ最近連れて来たお嬢ちゃん紹介しなさいよ。最近学園に転入してきた子!」
「ここは学校だしお前も子どもだ当たり前だろうバカ。あとどこから聞いた情報か聞かんがその要求もお断りだ。第一初等部は部活解禁していない」
 最近校内では『初等部にて不自然な時期に中途半端な年齢の転入生がやって来たのだが、それはフウガが担当教師の生徒である』という噂が散見していた。目の前にいるその担当教師からそんな話を一切聞いていなかったが、言い方を見るにどうやら真実のようだ。
「同じ担当教師の生徒なのに何で紹介してくれないのよー。義理の弟君とかは紹介してくれたのに」
 義理の弟、それはフウガが理事長に言われ連れて来た金髪の少年のことだ。どうやらサーカスで芸をしていたようだが、詳細は聞くなと強く言われているため追求していない。向こうが自分に興味を持っていないように少女自身も彼に興味を抱いていなかった。
「レイは自分でお前の危険度を判断できるから紹介したまでだ。それに対してアイツはまだ学園生活というものに慣れていない。お前は生徒たちの中でも有害すぎるんだよ。自分という存在を胸に手を当てて考え直せ。……ったくいい加減俺の担当している生徒以外の友達を作ってくれって言ってんだよお前の周りには食事対象と有害認定した奴しかおらんのか」
「今更私に人間の友達ができるわけないでしょ?」
 フウガはその言葉に盛大にため息をついた。少女は頬を膨らませ怒っている素振りを見せる。友達を作れという言葉は色々な教師から耳にタコができるほど聞いた。今更聞く気はないと少女は怒ると彼は「すまん」と一言だけ発し黙り込んだ。
 少女は人間というには程遠い存在だった。これまで蔑まれてきた過去を考えると軽々しく友達を作れということは難しい話。これ以上口を酸っぱくして言う話ではないのだろう。彼は話題を変えるように言葉を発した。
「まあお前が暇をつぶしたいのは充分に伝わった。ちょっと色々ツテを辿ってやろう」
「ほんと!? フーちゃん大好き!」
「フウガ先生だ! 何度言ったらわかるんだ。どいつもこいつもフーちゃんフーちゃん言いやがって……その中でもお前のような拡声器のせいで他の生徒からも呼ばれてんだぞ」
「はぁいありがとーございまーす!」
 さきほどの怒りは何処に行ったのか。満面な笑顔で化学準備室から飛び出していった。フウガの話を聞けという言葉も届かない。

 1週間後。
「フーちゃんフーちゃん大変! あのポストに手紙入ってた! しかも複数! こんなのはじめて!!」
「おーよかったな。あと先生な」
 職員室の扉を蹴り開け入ってきた少女を窘めながらコーヒーを啜る。
「ありがと!」
「俺は何もしてないからな」
 そのまま銀髪の教師は目を逸らし、ため息をついた。これで少しは人との関わり方と遠慮を学んで欲しいと考えながら。

 新聞部部室の前には依頼投書用が設置してある。そのポストに便箋が入っていた。それは探偵、そして新聞部としてのサナエに1つの挑戦状に等しい内容。
【この学園で最近話題になっている学校の七不思議を解明して記事にしてほしいです】
【学校の七不思議って本当にある話なんですか? 調査してください】
【物騒な七不思議が怖くて夜も眠れません】
【天使に取材して欲しい】【デュラハンの写真撮ってください】
【きっと気に入ってもらえると思っている。謎を解いてみなさい】

――この物語は、誰よりも謎を愛し、真実を導き出す少女が少しずつ人に歩み寄るものでもあるがそれはまた別の話。


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