「レイさま……」
今日も少年ルカは憧れの青年を図書館で覗き見ていた。
「ボクにもし勇気があれば、もっと近づけるのに」
胸に手を当て、自分の非力さを呪う。少年が青年に一目惚れをしたのは1年前。
「ここ辺りだったなあ」
その頃ルカは1人図書館で本を探していた。読んでみたかったシリーズを司書に聞き、棚へ向かう。その本はルカの身長より高い位置にあった。
背伸びをし、手を伸ばせば何とか届くだろう。そう決心し、背伸びをしてみる。しかしあと少しの所が届かない。めいっぱい手を伸ばし、何とか目的の本を掴む。
本を引き抜こうとするが詰まっているらしくなかなか引っ張っても取り出せない。力を入れて引くと勢いよく本が他の本と一緒に飛び出してきた。
高い所から分厚い本が落ちて当たったら普通の人間だったら死ぬ。死ななくても痛みは半端ないだろう。
『あの人』から禁止されているアレを使うしかない、手を目の前に上げ、口を開こうとする。その時だった。
急に自分の周りのものが浮き上がったかのように止まったように見えた。見間違いだろうか、目をこすろうとしたとき、自分の目の前が真っ暗になる。
直後、床に物が落ちる音が図書館に響く。「痛……」ルカの頭上で男の声がする。恐る恐る見上げると金髪の学ランを着た少年がルカの上に覆いかぶさっていた。
「……大丈夫? 怪我は……無さそうだな」
その少年は柔らかい笑みでルカの頭を撫でた。温かい、ルカは顔を赤らめ少年を見る。
「ちゃんと脚立使って取らないと怪我する、危ないよ」
「は、はい……」
「まあ偶然俺が通りかかったからよかったけど……」
「あ、あなたは大丈夫ですか? ボクを庇って、怪我は」
「俺は、大丈夫。じゃあ俺は行くから」
少年はズレた眼鏡をかけ直し、その場を去ろうとする。しかしルカを一度少年を呼び止める。
「ま、待ってください! お、お名前は!!」
きょとんとした顔で眼鏡の少年は振り向いた。ルカは顔を真っ赤にし、名前を聞く。少し声が大きかったようだ。少年は人差し指を唇に当てる。
「俺はレイ。司書呼んでくるからそこで待ってるんだよ」
「あぁやっぱりレイ様はカッコイイ……」
あの日からルカは離れた場所からレイを観察している。ぼんやりとしながら彼は空を見上げていた。毎日昼休みに図書館に現れ、放課後は噂の『怪獣』やその友人と共に話をしているのが見えた。
「どうやったらボクもあそこに行けるのだろう。うらやましい……」
ルカはボソボソと呟く。聞こえてくる会話も、顔を赤らめながら話しをする姿も全てが彼にとっては愛おしいものと化していた。
「でもボクはあの人と違うから、それ以前に性別が一緒なんだから気持ち悪がられるだろうし、あの中には入れないんだろうなあ」
学ランをギュッと握り俯く。
「あっ違います! あの人だからいいんですー!」
少年は『アイツ』の意見を頭をブンブンと振り回し、ため息をついた。
その時だった。
「やあ少年、恋を楽しんでいるようだねえ」
「羨ましいなあ羨ましい。青春のにおいがするぞ!」
「ひゃぁ!?」
唐突に背後から肩を叩かれ声をかけられ大きな声が出てしまう。振り向くとそこには2人ニッコリ笑い少年の肩を叩いていた。
「あ、あなたは!?」
「俺はらっちと呼べ!!」
「私はナーちゃんでいいぞ!!」
「え、はい」
「むー反応薄いなあ」
「つまらん中学生だな!!」
「ひ、ひどい!!」
「で、お前は恋する乙女じゃな?」
「話題の変え方ごーいんね!」
ナーちゃんとらっちと名乗る人達はルカのツッコミを無視し、少年に質問攻め。
「どの子? リリちゃんリンちゃん?」
「いやいやどこから見てもフーちゃんの弟だろー」
「「だよねー」」
「だから何で知ってるんですかあなた方!?」
「そーんな悩める子羊なあなたに!」
「俺達が恋の秘訣を教えるぞ!」
ビシッと2人から指を向けられルカは困惑する。自分を無視するだけでなく悩みまで言い当てるのだ。得体が知れない。
「まあぶっちゃけると? 君さっきから独り言で全部言ってたじゃん」
「言ってなくても見たら分かるけどな! お前分かりやすい!」
「そんなにですか?」
ルカの質問に「うん!」「おう!」と回答が重なる。その反応に対してルカは肩を落とす。
「その分かりやすい少年に恋のキューピットが降ってきたのさ!」
「いやそういうのはもう間に合って……」
「話は最後まで聞くんだ少年よ! この学園で長生きできんぞ!」
「それならボクの話も最後まで聞けよお!!!!」
ルカは泣き叫ぶ。それを2人はケラケラと笑っている。ただ冷やかしに来ただけなのだろうか。ルカは怒りながら聞く。
それに対して男2人はきょとんとした顔を見せ
「もーだから話を聞けって言ってるのに勝手に怒るなって」
「君の悩みを通りすがりの混沌AとBに解決させてほしいよ」
「そんなこと言われても……確実にあなた方で解決できるものじゃないです。その馬鹿っぽい2人に何が出来るんですか」
その言葉に2人はニッコリ笑い、2人がかりでルカを持ちあげ、走りはじめる。
「え、ちょ、ちょっと!?」
「1名様ごあんなーい」
「うひょー燃えてきたぜー!」
「離して、ください! 離し……離せ――!!!!」
学園内に少年の悲鳴が響いたという。
ルカが担ぎ上げられる一方その頃。
「おいリク、今の悲鳴はお前が担当してる生徒のルカ君じゃ」
「知らん。俺は知らんぞ何も聞こえなかっためんどくさいのは嫌だ」
フウガの問いかけに黒髪の教師は呪文を唱えるようにブツブツと呟いている。
「あらぁリク様、責任を放棄してはいけませんわ。まああのガキだったらどうなろうと私には関係ありませんけど」
リクを後ろから抱きしめている橙色の髪で目元を隠す女性教師はペロリと舌を出す。
「エメルよ。とっとと離れてくれ」
「嫌ですわぁ。私を召喚なされた偉大なるリク様を護るのがこの私。そしてあなたの嫌がること大好きですので」
「いらん。デカい胸を押し付けるな。寝言は寝て言え」
「あらベッドに連れて行ってくれるのですの? リク様の悦ぶ声はやっぱり素敵ですわぁ」
「違う!」
「ま、まさかここでよろしいですの!? フウガ先生が見ておられます恥ずかしい姿を見せたいのですか!」
「そんなわけあるか!」
「……あぁなるほど。今は俺が邪魔ってことですなエメリア・ルーン先生よ」
フウガは先程から彼女に睨まれていることは自覚をしている。校内というのにイチャイチャするのは流石に見過ごせないのだが自業自得なところもあるためもう慣れていた。
「いや待ってくれフウガ、俺はお前と話がすごくしたいんだ。だから頼むからコレと2人きりは勘弁してくれ」
「いやんせっかくザイン先生様に配慮していただけたのに。好意を受け取り行為しましょう?」
「助けろフウガ。心の友よ」
男の助けるような目。フウガは情けない、ただただそう思い彼に悲しい目を見せた。
「さあ観念して着替えてもらうぞ!」
「お着換えタイムだー!」
ルカは街の服屋に投げ込まれ、各所から持って来たルカに服を突き付けてくる。少年は何が起こっているか理解が出来ない。
「いや、あの、ここ女物の服屋じゃん! 何でボク連れて来られたの!?」
困惑する少年を見て目の前の2人は満足しているような目を向けている。
「だから何でそんなどや顔してるんだよぉ!!」
「いやあ少年には何を着せましょうなラトよ」
「このワンピースとか似合いそうじゃん?」
「うーんこっちも捨てがたい」
ルカの悲痛のツッコミも無視し、2人は服を見せ合い少年に宛がう。ワンピース、ニット、ポンチョ等、目に付く服を見せ合っては周りに放り投げている。
店員はどこにいるのだろうか。先程から全く見当たらない。どこか他の世界にでも巻き込まれてしまったのではないかと不安になる。
理由は簡単だ。自分の話をまるで言語が違うのではないかと思うほど目の前の2人には話が通じないからだ。
「もうボクの話聞かないのがデフォなのね……」
「ははは冗談だよ少年よ。これが解決の糸口さ」
「というわけで制服を脱がそう」
「はぁ!?」
唐突な自分の身ぐるみを剥ぐ宣言により戸惑いを隠せないルカ。次の瞬間手早く少年の服は脱がされていくのであった――――。
「こ、これが……ボク?」
数十分後。ルカは鏡で自分の姿を確認する。それは見違えるほどの変化を見せていた。
淡い色のワンピース。その上にポンチョを羽織っている。顔には薄くメイクが施され、髪はいつの間にかウィッグを付けられ三つ編みが施されている。
「いぇす。やっぱりベースが可愛らしいといい感じに仕上がるからいいね」
ナイアは笑顔を見せる。
「ほらちゃんとやり方を教えるからね。あと私が取り寄せている道具類を売ってる場所を教えてあげよう」
「で、でも……」
「ナーの好意は受け取る方がいいぞーここまでするの滅多にないしなこの男」
「え、男だったの!?」
ルカは驚きナイアを見る。長い髪にロングコート隙間から出る綺麗な足。少年にとっては女性にしか見えない。
「まあねえ。いやあ個性を大事にした結果だしあと趣味」
「む、むむむ……というかボク何故こんな格好に?」
「おや少年、まだ理解できないのか?」
「ふふふ若い若すぎるぞ少年よ!」
「はあ」
「君は男の子が好きになってしまった。告白したらドン引かれるだろうね」
そうですね、ルカはそう返しながら嫌な予感がよぎる。
「じゃあやることは一つ。女の子になって告白すればいいじゃない!」
「はあ!? ふざけてんのアンタら!」
「真面目だよー」「真面目に不真面目ダー」2人は口を尖らせる。
「でもすぐ男ってバレるじゃん!」
「普通の女の子としてデートするのに?」
「う、そうだけど、でも」
「えールカ君は何を考えたのー?」
ニヤニヤと笑っている。ルカは顔を真っ赤にしそっぽを向く。
「デートしてドキドキさせて告白したらきっとOKしてくれるよ。もちろん後で男ってバレるだろうけど、でも」
「で、でも?」
そっぽを向きながらナイアの方をチラチラと見る。ナイアや満面な笑みを浮かべ。
「逆に考えるんだ。男でもいいさと思わせるのさ!」
「何か予想出来てたよチクショウ!」
そんな話をしたのがつい1週間前。少年、いや可憐な少女は今日も恋する人を物陰から見守っていた。
「レイ様……」
見た目だけが変わっても簡単に中身の性格が変わることはない。恍惚な表情で見守るだけ。
そして背後からの気配に気付きにくいのも見た目が変わってからも変わらないようだ。
桃色の髪の女が少年の背後に音もなく立っている。
女性はニヤリと笑い、ルカの肩を叩いた――――。