メイドの溜息、新たな弟

 いつもはここでどこかに行ってくれるんです。しかし今日は違いました。無理やり私の腕を引っ張って歩き出したのです。
「おやめください!」
「いいじゃんいいじゃん」
 これは何と言えばいいのでしょうか。怖い、そう恐怖の感情に包まれ、足が竦んでしまいます。
 誰か、誰かいないでしょうか。救いの手を差し伸べてくれる誰かが。と思った時でした。「こらー!」叫び声が響きます。

「リリア様!」
「げえっ!? 怪獣だ!」
「お仕事の邪魔はダメー! いつもシェリーさんが頑張ってるんだから学校が綺麗なのー!」
 リリア様が手に持っていました小さな玉を叩きつけると大きな音が響きます。花火か何かでしょうか。火花は散っていますが全く熱くない不思議なアイテムです。
 その音に対し、不審に思った先生方が走ってきます。嗚呼、物凄い形相のザイン先生もいます。リリア様はウィンクをし走り去っていきました。
 1分も満たない出来事でした。何が起こったのか理解が追いついていない男子生徒の方々はワタクシの腕を掴んだまま固まってしまっておりました。

 一連の出来事があった少し後。ワタクシは掃除が終わり、寮へ戻る途中でした。後ろから声をかけられます。振り向くとそこにはリリア様がいらっしゃいました。
「どうされましたか?」ワタクシは彼女に問いかけます。すると私の腕を掴んで「職員室に行こ!」と言ってくるのです。
 あの学園一怒られる常連で職員室嫌いのリリア様がです。何があったのでしょう。ワタクシはまた問いかけました。しかし「いいからいいから」としか言いません。

「たーのもー! センセー! フウガセーンセー!」
「うるさい『失礼します』だろうが何度言ったら分かってくれるんだリリア・サリス! ……ってシェリーもか」
 リリア様の大きな声が職員室内に響き渡りました。しかし職員室……掃除の時以外はワタクシ全く縁のない場所です。
 すぐさま担当教師であるザイン先生がデスクから顔を出しています。そして私を見るからに咳払いし、入口付近に歩み寄ってきました。
「ごほん。あー……珍しい組み合わせだな。自分から先程のシェリーを困らせた反省をしに来たのか?」
「したから来たの! だってあれわざと人に向けて撃ったし!」
「人に当たって怪我したらどうするんだ。反省文じゃ済まなかったぞ」
「調節してるから平気なの」
「あ、あの」
 ワタクシには何が起こっているのか分かりませんでした。リリア様はこの喧嘩を見せたかったのでしょうか。しかし周りの先生方の視線が痛いです。
「むー……センセ、シェリーさんごめんなさい。もう人に向けて火遊びしないの。……はい! それじゃあ要求! シェリーさんの負担が重いの!」
 少し反省したかのような小さい声で謝罪の言葉を発した後、一瞬で再び怒りの表情を見せザイン先生に何やら要求を投げかけています。いつも思うのですが、コロコロ表情が変わるのが本当に面白い方です。
「いやいきなり何言ってるんだお前は」
「だーかーらー! シェリーさんどれだけ広い場所で仕事してると思ってるの! もう1人別の人雇うべきなの! 例えば男の人とか!」

「は? あ?」
 ザイン先生はリリア様が何を言っているのか理解が出来ないらしくワタクシに説明を求めてきます。
 多分ですが、リリア様はワタクシがいつも『セクシュアル・ハラスメント』されてる所を見てフォローが出来る男性を求めているのでしょう。分かっていただけるのは嬉しいのです。しかしワタクシは……。
「リリア様、ワタクシは大丈夫です。『セクシュアル・ハラスメント』に負けず頑張って学園のために働いていますよ。大体は無視していたら飽きてどこかに行きますし全く負担にもなってないです」
「そんなことない! シェリーさんは絶対にダメって言えない人なの!! 『せくしゅあらはらすめんと』よくない!」
「……ああなるほど。セクシャル・ハラスメントな」
 ザイン先生はポンと手を打ちます。何が分かったのでしょうか。
「分かった分かった。リリア、もう帰れ」
「いーやーだー!」
「だから何とかするから。もう職員室で騒がないでくれ」
 リリア様はそこまでザイン先生に言われて周りを見渡し、気付いたのでしょう。少しリリア様のチャームポイントのアホ毛がふにゃりと垂れ下がったような気がします。
「本当に?」
「ああ。大丈夫だ。あー神に誓って約束する。まあアテが無いというわけでは無いからな」
「むー……ほんとに? というかセンセ信じてる神様いるの?」
「おういるいるすごくいる。無茶苦茶いるな。……絶対楽しいことになるから今日は帰ってくれ」
 リリア様はしばらくザイン先生を見つめます。その後納得したのか根負けしたのかザイン先生に「分かったの」と言って職員室から出て行ってしまいました。

 ワタクシももう時間が迫って来ているので帰らせてもらおうとしたとき、ザイン先生も立ち上がり。
「よし、行くか」
「? どこにですか?」
「決まってるだろ。ほらついて来い」
 今日は色んな人について来いと言われてるような気がします。どこに?と聞いても「いいからいいから」としか言いません。貴方もですか。

*

「で? オレ様を理事長室に呼びつけたにはそれなりの理由あるんだよな?」
「勿論だ」
「ええっと……」

 連れていかれた先はなんと理事長室でした。学長のトート様、副学長のデュマ様がいつものようにやわらかい笑みを浮かべ、立っておりました。
 更に2人の先には黒色の髪の女性。一度だけ、そうワタクシの1人が製造された直後にお会いしたことがあります。この学園の理事長、セイラ様です。
 ザイン先生がお電話をした数刻後、ものすごく不機嫌そうなご主人様がやってきました。なんとロボットを通さず1人でスーツを着て走って来たのです。流石にいつものボロ雑巾のような……コホン。ボロボロの白衣、ボサボサの髪で出歩いてはいけないと思ったのでしょう。
 ザイン先生は手短に呼んだ理由を話し、先程の会話になりました。
「確かに最近シェリーのみでは限界だろうとは6体のメモリーでそれぞれ確認済みだ。なんか手段考えんとなとは思っていたが……こんな形で面倒くさいことが起こるとはなー」
「どうされますか? シュタイン先生。おそらく手を打たないとこのままシェリーさんが貴方以外の手によって酷い目に合うでしょう」
「むう」
 トート様は特定の言葉のみを強調しながらご主人様に語りかけます。それに同調するかのようにデュマ様も問いかけてきます。
「可哀そうに、貴方は何もしない気か? 思春期の男の子達は思ったよりも獣が存在するのですよ」
「そんなわけないだろ馬鹿にすんなシロとクロ。だってシェリーはオレのモノだし」
「今はトートです」
「デュマだ」
 トート様、デュマ様の言葉にご主人様は黙り込んでしまいます。嗚呼左の爪を噛む、苛立っているのが見てわかります。こんなワタクシのためにここまで考えていただけるなんて嬉しいです。
「新たな機械人形を作る、それしかないでしょう? アリス」
 すると今まで黙り私たちの会話を見ていたセイラ様が口を開きました。
「おいおい理事長サマや、こんな簡単に機械ポンポン生み出せるわけがないだろう」
「あのねえ。機械じゃなくてこっちで人雇ってもいいのよ」
「へいへーいそういうのよくないと思うぞー。こういうのはやはり機械がやってこっちが管理した方がロマンだよ」
 トート様、デュマ様だけでなくセイラ様の言葉に対してまで、ご主人様は凄く軽い口を叩きます。なんて命知らずな……。
「皆様、考えていただけるのは嬉しいのですが、ワタクシは……だ、大丈夫ですから!」

 我慢できなくなり、ついワタクシは言葉を挟んでしまいました。あまりご主人様に負担をかけたくないと思考したのです。しかしその言葉を聞いたご主人様がワタクシの胸ぐらを掴みやがりました。
「お前は言葉を挟むな! お喋りの許可をしていない」
「す、すみません……!!」
「やめろアリス。シェリーはお前のこれからの苦労に反応をしているだけじゃないか。第一被害者に怒りをぶつけるな」
 今まで黙っていたザイン先生はご主人様に冷静になるよう窘めています。しかしご主人様は怒りを解くどころか苛立ちが増している様子。
「それ位オレでも知っている! おいシェリー、お前に余計なことをした生徒の名前を言え」
 ギロリと睨み付ける。ワタクシの言葉で限界だったのでしょう。怒りが露になっています。
「ちょっとアリス。犯人探しは他所でやりなさい。私だって無策でモノを造れなんて言いません」
 その怒りをセイラ様が一時的ですが収めるように小さな箱と1本の鍵を投げます。ご主人様はそれをキャッチし、箱をまじまじと見つめています。
「うん? 何だこれ」
「設計図。これで作ったらいいんじゃない?」
「アンタの? ははっ、もしそうだったらあまりご趣味がよろしくないものが生まれそうだが?」
「……余計なこと言っているとその減らず口に石でも詰め込むわ。あとこれは友人からの借り物。あまり馬鹿にしないで頂戴」
「うげぇ……シェリー。帰るぞ」
 一瞬露骨に嫌そうな顔を見せ、鍵で箱を開き設計図のようなものを見つめました。すると即いつものように不敵な笑みを見せ、ワタクシへ一緒にこの部屋を出るよう命令されます。
 ワタクシは何が起こっているのか全く理解しかねますが、深く頭を下げ、理事長室を後にしました。

*

「シェリー」
「どうかされましたか? ご主人様」
 旧校舎に戻る途中、不敵な笑みで私に語りかけました。
「……後でお前にしでかした阿呆共を教えろ。まあお前が黙ってもメモリー経由で確認してやるから」
「え、あの」
「だーかーらー。もうお前にセクハラとやらの魔の手には晒させない。『これ』も併用してしっかり対策してやるよ」
 理事長室の時と打って変わり、ニャハハハハとご主人様は笑い声を上げます。正直言って凄くマヌケなのですが……しかしそんなご主人様がいいのです。何故『いい』かは理解不能です。しかしこれでいいんだとワタクシの中のナニカが語り掛けているのです。
 この気持ちは何なのでしょうか?

*

 リリア様から始まった騒動から数日後。
「ひ、ひぃぃ!? ごめんなさいごめんなさいごめんなさいいいいい!!!!」
「あ、あのう……」
 ワタクシの顔を見るなり男子生徒方は逃げ惑うようになりました。これはこれで傷付いています……。ご主人様は一体何をしたのでしょうか。
「大丈夫だ、シェリー姉。あとは俺に任せたらいい。貴方は主人の許可が降りるまで女子寮周辺で仕事をしてな」
 ポン、とワタクシの肩を叩く。振り向くとそこにはワタクシの新しい【弟】。
「そう。じゃあ最上階一番奥の部屋以外はお願いしますわ? 弟1号クン」
「……シドって呼んでくだせえよ?」
 無精髭に銀色の髪を掻き上げ、燕尾服の上に白衣を纏っている左眼に人のことを言えませんがワタクシにとっては謎でしかない金属片が嵌め込まれた老け顔な執事型ロボット。だけどここではワタクシの方がお姉さんですからね?


最終加筆修正:9/23
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